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馬肉で育った「100の子たち」#080


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080みみ
♀みみ / ヨークシャー・テリア
 15歳
主な食餌:フレッシュ・コンプリートミンチ・ダイスカット
コメント
100CLUBの皆さん、こんにちは。みみと申します。
今日は、お世話になったお礼を言いたくて、天国からお便りしました。
私は、'12年の10月に、15歳と2ヶ月で、虹の橋を渡りました。
生後2ヶ月でお母さんのところに来てから、お母さんはもちろんのこと、3歳の時に一緒に住むようになったお母さんのお父さん始め家族のみんなに、それはそれは可愛がってもらい、幸せな犬生を送ることができました。
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みみPhoto1
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  私は、生まれつき門脈シャントという、肝臓から腎臓に繋がる血管に余計なバイパスができているという病気を持っていました。
その余計なバイパスのために、アンモニアをたくさん含んだ血が身体中にめぐってしまうんです。ただ、そのバイパスが割と細めだったために、症状があまり目立ちませんでした。
もちろん、ご飯を食べた後に気持悪くなって吐くこともありましたが、しょっちゅうではなかったので、お母さんも気が付きませんでした。
今思えば、あんまり、ご飯が美味しくなくて、お腹もあんまり空かなかったのは、病気のせいだったのかもしれません。
 
そして、7歳で病気が発覚し、偉いけどとっても優しい先生に手術をしてもらいました。そうしたら、びっくりするほど、元気になりました。
でも、それから数ヶ月して、急に、気持悪くなって、意識不明になりました。
肝性脳症という症状だったそうです。その時も、手術をしてくれた先生が助けてくれたんですが、先生は、お母さんに、「ペットフードはもう止めましょう」と言ったそうです。
どんなにいいと言われているペットフードでも、どうしても防腐剤などの肝臓に負担をかけるものが入っているからだそうです。
 
その時に、お母さんがお友達に紹介してもらったのが、100CLUBでした。
 
初めて100CLUBのお肉を食べさせてもらった時のことは、今でも忘れられません。
嫌々食べていたご飯がこんなに美味しいものだって、知らなかったんですもの。
「お母さん、ご飯って、美味しいじゃんっ!」って、人間の言葉が言えたら、言いたかったです。ま、お母さんは、私の気持が解ったみたいですけど。
 
それから、8年間、ずっとずっと、100CLUBのコンプリートにお世話になりました。
心臓が悪くなって、大好きだった納豆やブロッコリーを食べられなくなっても、 お母さんが作ってくれる野菜の煮たのにコンプリートを混ぜたご飯は、美味しく食べられました。
お母さんにさよならをした日も、朝ごはんも昼ごはんも残さず食べました。
心臓が止まってしまったのが夕飯前だったので、残念ながら、夕飯は食べられませんでしたけど、その代わり、お棺にレバーのジャーキーを入れてもらいました。
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みみPhoto2
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  お母さんは、もっと長生きしてほしかったと言っていますが、実際は、15歳というのは、2、4sのヨークシャーテリアの雌としては、長生きなんですってね。
それは、きっと、美味しい100CLUBのお肉を食べていたからだと思っています。
だって、本当に美味しかったもん。
 
ごちそうさまでした。そして、長い間ありがとうございました。
 
もし、生まれ変わるようなことがあれば、また、お母さんとご縁があるとよいなと思います。そしたら、また、100CLUBのお肉が食べさせてくれるでしょうから(笑)
じゃあ、また。皆さん、お元気で。 
みみ
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100CLUBのコメント
この「100の子たち」に、亡くなってしまった子だけを掲載するのは初めてのことになります。
今年(2013)、暑中お見舞いとお知らせの手紙を出させてもらったのですが、この仕事では、万一大切な飼い犬が亡くなっていることを知らずにお手紙を出してしまうことあり得ると心配しておりました。
したがって、追記として、もしやそのような失礼がありましたらお詫びいたします、と書き添えました。
そして先日、Tさんからメールが届き、その心配が現実のものになってしまいましたが、追記に記したことをご理解いただきお許し頂きました。その際「みみちゃん」への想いも綴られていたので、改めてその想いを書いて頂きブログに掲載したいと申し入れました。
そのようないきさつで、Tさんからコメントを頂いたのですが、その内容からブログではなく「100の子たち」に原文のまま掲載いたしました。
犬と一緒に暮らす誰もがたどる辛い局面ではありますが、先に逝ってしまう子たちは、必ず生まれ変わるのですからどうか悲しまないでくださいと、実は生前から言っているのではないかと私は思っています。
その声を捉えているからこそ、今この時の生命に精一杯の愛情を注いであげようと、そういう思いで日々一緒に暮らしているのです。

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